難儀はたすけあいの契機

天理教では、「見るもいんねん、聞くもいんねん」と教えられます。 それは、周りに見せられる出来事を、他人事とみなすのではなく、自分にも大なり小なり関係があるとする受け止め方です。ある人の身に起こった事柄を、その人だけの問題とせず、周囲の人々にも、それぞれ差はあれど関わりがあると捉えるのです。 そうすると、親神様がそのような難儀を見せられるのは、人間同士のたすけ合いを促すためではないか、との考えにたどり着きます。 難儀はたすけあいの契機 難儀はたすけあいの契機 (A4)

実は生かされて生きている

私たちは、自分で生きていると思いがちですが、実は生かされて生きているのです。私たちの体は自分のものではありません。病気になった時、病院に行ってお金を払えば、良くなることはあります。しかし、最初の状態に戻ることは決してありません。体は大切にしたいものですね。 実は生かされて生きている